その歳にならないと分からないこと。

10年くらい前、毎日毎日ずっと家で1人で翻訳の仕事をしていて

このままじゃいけない!交友関係を広げなければ!と思って

ネットで探して台湾在住の日本人に会いまくっていた時期があった。

(もちろん同性)

 

よく思い出すのは、50代のある女性。

その人は、50歳になってから人に気を遣って会話をするのを止めたらしい。

思ったことをそのまま伝えてみても、意外と人は聞いてくれる、と言っていた。

 

それを聞いた時は、えええええ、それは相手が気を遣ってくれているからでは…と

思ったのだけど、今、自分がその年齢に近づいてから、何となく分かる気がしてきた。

 

この歳になったら、気を遣い続けなければ

付き合いを続けられないような相手は

関係を終わらせてもいいのかもしれない。

 

あとね、私はだけど、だんだん気を遣えなくなってるっていうのもある。

自分が言ったことを忘れたり、相手が言ったことを忘れたり、

ついうっかりした発言をしてしまったりすることが増えた気がする。

 

そもそも「気を遣う」っていうのが、私の場合は空回りすることが多いから

いっそやらないほうがいいようにも思うし。

 

その女性とは、今はもう連絡を取っていない。

“私は相手がどんな人か、すぐに分かる”と言われて、

数回会った後、長文の「あなたはこういう人ですよね」分析メールをいただき、

それからちょっと距離を置きたいなと思ってしまったので。

 

今から思えば面白い人だった。

当時は私があの人を受け止める器がなかったからしょうがない。

 

思ったことをそのまま伝えるのは、

自分を受け止めてくれて関係を深めていける人と、

自分を受け止めないで去っていく人をふるいにかけて

自分にとって楽な(「良い」とはまた別な気がする)人間関係を

残すにはいい方法なんだろうね。

 

相手にとっても、私は「いらない」人間に選別されたってことだろう。

この歳になって「いらない」人間関係を続ける必要はない、っていうのは同意できる。

 

↑こういうこととか、その歳にならないと分からないことってあるなあ、とは思うけど

自分より若い人に「まだ分からないだろうけど」は言いたくない言葉。

 

自分の親もたまに「まだその歳じゃ分からないだろうけど」って言うけど

これは親から子どもへの発言だからか、あまり気にならない。

それ以外の人に言われると、年齢っていう絶対に逆転はできないことで

マウントを取りに来ているような人もいるから、どうなのかな?と思う。

(純粋にアドバイスで言ってくれる人ももちろんいる)

 

年齢のマウントと言えば、在住年数のマウントもある。

海外在住の日本人なら、みんな経験あるんじゃないかな。たぶん。

台湾に来て2~3年くらいの時は、在住歴2桁の人に

「まだまだね~」なんてよく言われたものだ。

 

年数マウントは、趣味とかどの分野でもあるよね。

昔よくプロレスを観に行っていた時、古参のファンの人に

「うそ、●●の引退試合観てないの!?やばいでしょ」とか言われたりした。

己も通った道…と思って、温かく見守ってやってほしい。

 

話がそれたけど、結局あの交友関係の拡大作戦は失敗だった。

「台湾に住んでいる日本人」という共通点しかない相手だから当然といえば当然。

自分が昔から人付き合いは苦手だったっていうのに改めて気づくことはできたけど。

 

年齢を重ねれば、心も体も歳相応に成熟していくのかと思ってましたが、

体は老いていくけど、心はなんならずっと中学生くらいのままなんですね。

これはまさに「この歳にならないと分からないこと」だ。

これからもっともっと、こういうことが増えていくんだろうなあ。